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名古屋地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決

原告

鈴木規之

被告

本多貫一

右訴訟代理人弁護士

岡田正哉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、西尾市に対し、金四二六八万八八〇〇円を支払え。

第二事案の概要

本件訴訟は、西尾市の住民である原告が、西尾市長であった被告が任期満了により退職した際に支払を受けた退職手当の一部が条例等の根拠なしに支出されたもので、被告は法律上の原因なくして利益を得た者である旨主張して、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、西尾市に代位して不当利得の返還を求めた住民訴訟である。

一争いのない事実

1  当事者

原告は、西尾市の住民である。

被告は、平成元年九月一四日まで西尾市の市長の職にあった者である。

2  条例等の定め

(一) 西尾市職員の退職手当に関する条例(昭和三七年三月三一日西尾市条例第八号。以下「一般職条例」という。)六条は、職員の退職の日における給料月額に六〇を乗じて得た額を当該職員の退職手当の最高限度額とする旨を定めている。

(二) 本件支出の根拠条例である西尾市特別職員退職手当支給条例(昭和三二年九月三〇日西尾市条例第一三三号。以下「特別職条例」という。)二条は、市長の退職手当の額について、本件支出がされた平成元年九月当時、給料月額に一年につき一〇〇分の五五二の割合を乗じて得た額とする旨を定めており、特別職条例中には、右退職手当の最高限度額を定めた規定はなく、同条例四条において、同条例に定めるものの外は、一般職条例を適用する旨を定めている。

3  本件支出と被告の受領

西尾市長は、平成元年九月一八日、被告に対し、市長としての勤続期間二〇年に対する退職手当として、被告が市長を退職した日の給料月額の110.4か月分に相当する九三五〇万八八〇〇円を支出し、被告はこれを受領した。

4  監査請求とその結果

原告は、平成元年一一月八日、西尾市監査委員に対し、本件支出のうち被告の退職した日における給料月額に六〇を乗じて得た金額を超える部分(四二六八万八八〇〇円)についての退職手当支給は違法であるとして、右違法な部分について返還請求の措置を求めて監査請求をしたが、同監査委員は、同年同月二一日、右請求を棄却した。

二争点

西尾市長の退職手当の額の算定に当たり、一般職条例六条(退職手当の最高限度額)の規定が適用されるか否か。

第三争点に対する判断

一退職手当に関する法令の定め

地方自治法二〇四条は、普通地方公共団体の長や普通地方公共団体の常勤の職員に対して、条例で退職手当等を支給することができ(同条二項)、手当の額及びその支給方法は条例でこれを定めなければならない(同条三項)と定めており、また、一般職の地方公務員については、地方公務員法二四条六項は「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」と定めている。

右のような法律の規定に基づき、西尾市の職員(一般職の公務員)の退職手当に関する事項を定めることを目的として、一般職条例が制定された(同条例一条)が、一般職条例二条一項は、「この条例による退職手当は、職員が退職した場合には、その者(死亡による退職の場合には、その遺族)に支給する。」と定め、同条例三条から五条までの規定において、退職手当の額については、退職の日における給料月額に、その者の勤続期間、退職事由等に応じて各別に定められた割合を乗じて得た金額の合計額とする旨定めている。そして、同条例六条は、「第三条から五条までの規定により計算した退職手当の額が、職員の退職の日における給料月額に六〇を乗じて得た額を超えるときは、これらの規定にかかわらず、その乗じて得た額をその者の退職手当の額とする。」と定めているのである。

他方、西尾市の特別職の公務員である市長、助役及び収入役の退職手当等に関する事項を定めることを目的として、特別職条例が制定された(同条例一条)が、特別職条例二条は、「退職手当は、任期が満了した場合又は任期の満了する日の前日までの間に退職若しくは死亡した場合に支給する。」と定め、市長の退職手当の額については、本件支出がされた平成元年九月当時は、同条例三条一号において、任期が満了した日又は任期の満了する日の前日までの間に退職若しくは死亡した日における給料月額に、勤続期間一年につき一〇〇分の五五二の割合を乗じて得た額とする旨を定めていた(なお、昭和六三年六月一八日条例第一四号附則において、施行日(同年同月一日)に現に特別職の職員の職にある者の勤続期間については、施行日の属する任期前の任期に係る勤続期間を通算することができるものとされている。)。特別職条例中には、上述した一般職条例六条のような退職手当の額の最高限度を定めた規定は存しない。

二一般職条例六条の立法趣旨と特別職への適用の有無

1 一般職条例六条(退職手当の最高限度額)の規定は、西尾市職員の退職手当に関する条例の一部を改正する条例(昭和五八年西尾市条例第四号)によって新設されたものであるが、証拠(〈省略〉)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  一般職条例六条の規定は、「地方公務員退職手当制度及びその運用について」と題する通達(昭和五四・八・一七自治給第二八号、各都道府県知事、各指定都市長あて自治省行政局公務員部長通知)及び「地方公務員の給与改定に関する取扱いについて」と題する通達(昭和五七・九・二四自治給第四八号、各都道府県知事、各指定都市長あて自治事務次官通知)において、退職手当の支給率及び最高限度額が国の基準を超えている地方公共団体は早急にこれを是正すべきであるとされたのを契機とし、これらの通達の趣旨及びそれに即して行われた愛知県の指導に沿って新設されたものであること。

(二)  右通達のうち退職手当の最高限度額に関する部分は、明らかに一般職の地方公務員を対象としているものであり、そして、右通達が発せられた趣旨は、一般職の地方公務員の退職手当について、自治省行政局当局は、かねてから国家公務員の退職手当との均衡を考慮し、これに準じて措置するよう指導してきたにもかかわらず、その現状を見ると、制度及びその運用において国の基準を上回り、制度の趣旨に反し、多額の手当を支給している団体があり、地方公共団体が置かれている厳しい行財政環境、職員の高齢化の傾向などからみても、その是正が急務とされていることから、退職手当制度及び運用の全般にわたって見直しを行い、世上の批判を招くことのないよう是正措置を講じるというものである。

(三)  一般職条例六条の規定の新設に当たっては、西尾市の立法担当者は、一般職の職員に対してのみ適用されるものと考えて同規定の原案を作成し、市議会においても、この点について特段の質疑がされることなく原案どおり可決されていること。

(四)  また、市長の退職手当につき西尾市と同様の条例の規定を有する半田市、津島市、刈谷市等の愛知県内の他の市においても、一般職の地方公務員の退職手当の最高限度額を定めた条例の規定は市長の退職手当については適用又は準用されないという解釈に基づく運用がされていること。

2 以上認定の事実に加えて、一般職条例六条の規定が、その文言上同条例三条から五条までの退職手当の計算規定を前提とし、かつ、これらの規定と一体をなすものとして定められていると解される一方、市長の退職手当については、特別職条例三条の計算規定が別に置かれていること、また、一般職の地方公務員の退職手当に最高限度を設けることは、定年による退職(地方公務員法二八条の二)の定めはあるが任期の定めのない一般職の地方公務員は、勤続期間が長期にわたり、給料月額に勤続期間に応じた数値を乗じて退職手当の額とすると高額になりすぎる場合があるので、その調整のために必要性が高いが、任期が四年と法定されている市長及び助役(地方自治法一四〇条一項、一六三条参照)の退職手当については事情が異なることなどを総合して考察すると、一般職条例六条の規定は、その趣旨及び内容にかんがみるに、西尾市の一般職の職員のみを適用対象として定められたものであり、特別職条例四条において市長の退職手当に適用される性質のものではないと解するのが相当である。

(裁判長裁判官浦野雄幸 裁判官杉原則彦 裁判官岩倉広修)

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